ちょっと前に『ふたりのトトロ 宮崎駿と『となりのトトロ』の時代』という本を読みました。
参考記事:『ふたりのトトロ 宮崎駿と『となりのトトロ』の時代』ジブリファンならぜひ読みたい、トトロが誕生するまでの話。 - エンタメなしでは生きてけない!!
↑の記事はかつてスタジオジブリに在籍し、宮崎監督の側で制作スタッフとして働いていた木原浩勝さんが書かれた本の感想を書いてたものです。今やテレビでの放送も定番となった『となりのトトロ』制作時のジブリの様子や宮崎駿監督とのやり取りを書いたとても面白い一冊です。(ジブリ好きな人はおもしろいので読んでみて―。)
で、今回はその木原さんが書いた別の本を読んだのでその感想を観たいと思います。その本がこちら!!
この本はタイトルにもあるように、スタジオジブリとしての初作品『天空の城ラピュタ』制作時のエピソードを木原さん目線で書いたものです。
トトロの時はトトロの時で、作品を作るまでには様々な苦労があったわけですが、なんといっても『天空の城ラピュタ』はスタジオジブリができて初めての作品。
「失敗したら次はない」
今でこそ宮崎監督の名声は国内外に知られていますが、当時はまだ知る人ぞ知るという感じで、決して次が保障されているわけではありませんでした。そんな状況で作られた『天空の城ラピュタ』はジブリの命運を握る作品と言っても過言ではなかったわけです。
本作では、そんな始まったばかりのジブリで奮闘する宮崎駿監督やアニメーターたちの様子や、木原さんと宮崎さんの興味深いやり取りの様子を覗き見ることができる一冊です。
失敗できない宮崎監督のプレッシャーがよーくわかる一冊
ご存知のように、宮崎駿監督といえば数々の名作アニメの制作に参加し実績も十分。ラピュタの前には『風の谷のナウシカ』でも監督を務めているわけですよ。
当然、ジブリをつくった時も自信満々だったのかなぁと思いきや、実はかなりのプレッシャーと向き合っていたことが本書からわかります。
「この作品が失敗したら、次回作はありません」
引用元:『もう一つの「バルス」―宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代― (講談社文庫)』p49 著者 木原浩勝 講談社
宮崎さんはラピュタの前に『風の谷のナウシカ』の監督もしていますし、『ルパン三世 カリオストロの城』でも監督をしています。でも、ナウシカは『トップクラフト』という会社で制作をしたものだし、ルパンは元々原作があるわけです。
つまり自分達のために作った会社で、完全にオリジナルの長編アニメ映画をつくるというのは初めてだったわけですよね。これにはさすがの宮崎監督も相当なプレッシャーだったのでしょう。
さらにその時のプレッシャーを感じさせてくれるのがこの文章。
今でこそきれいな白髪になっている宮崎さんだが、当時はまだ45歳。
黒々とした髪が、『ラピュタ』の制作が追い込みになるにつれて、頭頂部からどんどん白くなっていき、完成した時には白髪になっていた。
引用元:『もう一つの「バルス」―宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代― (講談社文庫)』p50
木原さんがジブリに入社したのは1985年の10月。ラピュタが公開されたのは1986年の8月。このわずか8カ月の間に、宮崎さんの頭は黒髪から白髪へと変化をしていったわけです。
数年かけて徐々に白髪にっていう人はいるだろうけど、8カ月で完全に白髪になったという人はきいたことがない。それほど、宮崎さんにとってこの仕事はプレッシャーであり、ストレスのかかるものだったんだろうなぁと思います。
でも、その状況できっちり作品を仕上げてくる宮崎さんやジブリのスタッフの皆さんのプロとしてのレベルの高さはほんとにすごいと思うし、こういうのを読むと「あの宮崎駿ですら不安とプレッシャーに押しつぶされそうになりながらスタートしたんだな」と勇気づけられるんじゃないかな?
ムスカ誕生秘話。ラピュタ屈指の存在感を放つ悪役が生まれた背景とは?
僕がこの本を読んでいて、個人的におもしろいなと思ったのはムスカが生まれるまでの過程を書いた部分。
ムスカについてはご存知の方もいると思うので、詳細は書きませんが本作の中で世界を支配下に置こうとする悪役として描かれています。
彼が言い放った「見ろ!人がゴミのようだ!」というセリフは彼の性格をよーく表しているものですが、そんなインパクトのあるキャラであるムスカもすぐにその設定が決まったわけではありませんでした。
そもそもキャラクターボード上での名前が「ムスカ」ではなく「ルスカ」だったし、印刷前の原稿での名は「ムスケ大佐」と紹介されていて、メインキャラなのに名前が二転三転している。
『もう一つの「バルス」―宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代― (講談社文庫)』p94
ルスカにムスケ。うーん、僕らがムスカという名前をあまりにも当たり前のように受け入れてしまっているせいか、どちらもしっくりきませんね。
ちなみにルスカとムスカは一文字しか変わらないんだけど、なんでルをムに変えたのかな?この辺りのことは本書にも書かれていないので、宮崎さんのみぞ知るという感じなのかも。うーん、理由を知りたい。
初期のキャラクターボードのムスカ(ルスカ)は、エラがはった四角い顔で、実際の映画で見るよりも高年齢に見える人物として描かれている。
さらに服装は、将軍と同じ軍服であった。
やがて軍服はダブルのスーツ姿になり、眼鏡をかけ、顔は四角いままでやや面長になる。しかし、まだ本編で観るほど高身長ではなかった。
ただこの段階で、「ルスカ」という名前から「ムスカ」に変更される。
そして、さらに慎重を高くしてスマートにし、顔ももう少々面長に変更、知的な雰囲気も強くされて決定稿となった。
『ラピュタ』に登場するキャラクターの中で、宮崎さんがこんなに何度も書き直したのはムスカだけだ。
『もう一つの「バルス」―宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代― (講談社文庫)』p96
木原さんもおっしゃられていますが、宮崎さんのムスカに対する思い入れというのは相当強かったみたいですね。
色々な作品を観ていて思うのは、「悪役の存在感ってメチャメチャ大事だよな」ということ。悪役がしょぼいと主人公たちと敵対した時に、物語も栄えないし、「コイツをどうやって倒すんだろうか?」という想像力も刺激しません。なぜ悪の道に走ったのかという動機とか、見た目と性格のギャップとかそういった様々な要素が悪役を魅力的なものにし、悪役が栄えることでより物語にも引き込まれると思うんです。
おそらく、宮崎さんは最初にムスカを描いたときに「これじゃあ悪役としてのインパクトが足りない」と感じたじゃないでしょうか?
で描き直した後のムスカというのは、若くて知的で口調も丁寧なのとは裏腹に実は「ラピュタの力を使って世界を自分の支配下に置く」というとんでもない野望を秘めていたわけで、そのギャップというかな、「こいつ相当な悪だな」と視聴者に思わせることで存在感がググッと増したなと。
一見すると頭の良さそうな紳士なんだけど、中身のどす黒さですよね。人をゴミのようだと笑いながら言えてしまうその性格の悪さ。そんなムスカの性格を僕らは拒否したいと思いつつもなぜかひかれてしまう。
きっと、僕らの心の中にも悪い心が少なからずあって、でもそれを必死に抑えている。でも、ムスカはそんな自分の悪の心をさらけだしている。そのすがすがしさと悪い意味での正直さが、ムスカの存在感を引き立てているように思いますね。
まぁ、僕の想像がかなり入ってはいるけど、何度も修正しながら今のムスカを作り上げた宮崎監督の感覚はやはり見事だと思うし、今のムスカの姿と性格で良かったよなぁと思います。
映画やアニメを作りたい人は読んでおいて損はない
以前読んだ『ふたりのトトロ 宮崎駿と『となりのトトロ』の時代』でも思ったことですが、何かチームで作品作りをしたいとか思っている人にとっては読んでおいて損はないと思います。
締め切りがある中での作品を作ることへのプレッシャー、作品ができるまでの過程、「なぜこのキャラクターの設定はこうなのか?」「どうしてこのキャラクターを登場させたのか?」といった作品について考え続けることの大切さなどなど、たくさんのことを学べる一冊だと思うからです。
それも、日本が誇るジブリの制作風景や空気を、直接ではないとはいえ感じることができるわけですからね。アニメーターとか映画に関わりたい人は読むといいんじゃないかな?
読めば読むほど「作品を作ることってほんと大変なことだらけだよな」っていうことを実感させられるけど、同時に「これだけプロの制作陣が自分の力を注いで作るんだから、自分ももっとやらないとな」というモチベーションにもなるんじゃないでしょうか。宮崎監督の仕事っぷりがすさまじいのは誰もが知るところですけど、本書を読んで改めてその仕事内容の質と量のすごさに驚かされました。
まとめ
そんなわけで、今回は『もう一つの「バルス」―宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代― 』の感想を書いてみました。
今回紹介した以外にも、宮崎さんと木原さんが作品についてのやりとりや、木原さんがラピュタの制作過程について解説してくれている部分など、本書は非常に読みごたえのある一冊だと思っています。
またタイトルにもあるように「もう一つのバルス」の話についても、本書に書かれているので、ぜひ読んでみてほしいところです。
ジブリファンはもちろんのこと、映画やアニメが好きな人や、実際にそういったものの制作に興味がある人も読んで楽しめるものだと思うので、興味がある方はぜひご覧になってみてください。