生きていれば日々勉強、僕たちは知らず知らずのうちに何かを学びながら生きている、人は学びを続けてきたからこそ進化を遂げてきたし、今の世界があるのも人々が学ぶことをやめてこなかったからだと言えるのかもしれません。
ただ中には一生懸命勉強を続けていたけれど、ふと「あれ?自分はなぜこの勉強をしているんだろう?」と疑問に思っている人もいるかもしれません。そんな人は三国志の中でも英雄中の英雄である軍師、諸葛孔明の学問に対する姿勢を参考にしてみるといいと思います。
はっきりとした目的があるから学ぶのだ。
諸葛孔明は劉備玄徳の軍師として名采配を振るった人物です。以前こちらの記事にも書きましたが、劉備はまだ名もなき孔明に対して自ら三度も軍師になってくれるよう頼みやっと口説き落としたというほど、劉備にとっては必要な存在だったのです。
その孔明はメチャメチャ頭がいい人物だったのですが、若い頃からその天才っぷりは群を抜いていました。
17歳のころから学者の下で学問を学んだ孔明は、二十歳の時にはすでに何も学ぶことがなくなり、そのまま山の中に引きこもってしまったのです。では彼はなぜ山に引きこもってしまったのでしょうか?
その理由は、学問を役立てることを知らない人たちから逃げるためです。
学問を役立てることを知らず
学問のために学問をする無能な人たち
論議のために論議する曲学阿世
(道理を曲げて権力者や大衆に気に入られようとすること)
の仲間から逃げたのである
引用元:『三国志』 21巻 p95 著者 横山光輝 希望コミックス
孔明からすると学問のために学問をする人たちや、論議のために学問を学ぶ人たちとは考え方が違うと思ったのでしょう。おそらく一緒にいても学ぶことはないし、彼らに影響されたくない思って距離をおいたのだと思います。
もしかしたらあなたの周りにもそういう人はいるのかもしれません。
「この人何のために学んでいるんだろう?」
何かについて一生懸命勉強してはいるんだけど、それが何かの役に立つわけでもない。むしろ、勉強すること自体が目的になってしまっている。目的ははっきりしないけどとりあえず勉強している。論議に打ち勝つこと自体が目的になっている、頭がいいことをひけらかすことが目的になってしまっている。
学ぶこと自体は素晴らしいことだと思いますが、何かを学ぶということは基本的には目的があって学ぶものだと思います。その目的がないまま学んでしまったり、曖昧なままであったり、学ぶこと自体が目的になってしまえば学んだことが活かされる可能性は低くなってしまいます。それではせっかく学ぶためにかけた時間がもったいないでしょう。
ちなみに、僕自身も何のために学んでいるのかよく分からないことはありましたね。目的もなくとりあえず勉強をし始めてみたものはいいものの、途中でふと「あれ?何で勉強してるんだっけ?」と思ってしまう。つまり、今回のブログは自分自身への戒めも込めて書いているわけです(*_*;
あなたは何のために学んでいますか?
三国志では、孔明が学問を学んだ理由が次のように書かれています。
孔明は出世や名誉は望んでいなかった
世の中を統一する
ような偉人が現れた時に
その人物のために
才能や学問を役立てたかった
引用元:『三国志』 21巻 p97 著者 横山光輝 希望コミックス
「世の中を統一するような偉人が現れた時に学問を役立てたい。」
孔明には学問を学ぶ明確な理由があったわけですね。そして、後に現れた君主劉備のため思う存分に学んだことを活かしたというわけです。
たとえばあなたが英語を学ぶのであれば、「将来は世界中を股にかけるビジネスマンになりたい。そのためには様々な国の人たちと自分自身がしっかり意思疎通をできる必要がある。だから英語を学ぶんだ。」というふうに明確な理由を持つといいでしょう。
その一方で「英語圏の人とソツなくコミュニケーションを取って友達をつくりたいから。」という理由でもいいと思います。
どちらも理由ははっきりしているためやるべきことも決まってきますよね。英語であれば留学してビジネス英語までガッチリ話せるようになればいいのか、はたまた駅前留学でOKなのかも定まってくるはずです。
逆に「何となく英語が大事っぽいから。」「周りもみんなやっているから」というあいまいな理由で英語を学ぶのはあまりオススメしません。もちろん学び始めることはいいことですが、その理由が明確でないため後々「なんで英語を学んでるのか?」という疑問を抱くでしょうし、結局やる気が続かず挫折をしてしまう可能性が高いと思います。
孔明自身も偉人のために学問を役立てたいという明確な理由がありました。孔明たちの時代は世が乱れて戦続きで人々が苦しんでいた時代です。そういう時代を収束させるためにも、孔明自身は戦の戦法を学んだし、軍をまとめるための法律や規律、人の考え方などを学んだわけです。
このように学ぶ理由が明確であれば「何のために学ぶのか?」と迷うこともありません。ですからもしもあなたが「自分は今なんでこれを学んでいるんだろうか?」と疑問に思うことがあれば、孔明のようにまずは学問を学ぶ明確な理由を考えてみてください。そうすればきっと迷うことなく学んだことを活かせるようになるはずです。
それではまた!!